>今日のマサキ from LONDON

 *緑さん、車で送って下さって、ありがとうございました。そして、パーティーで出会った皆さん楽しい一時をありがとう。

 *ブッシュがコチラへ来ているのはご存じの通り、連日デモが行われているロンドン。今朝も爆弾が破裂した背景に"BUSH"と書かれたプラカード持つ数名とすれ違う。

 昼食中、パブのテレビに映る映像に思わず、釘付け。明らかにテロが起こった直後の緊迫した雰囲気が伝わってきた。近づいてみると英国系列の銀行だという。HSBC。こちらでは、馴染みの深すぎる銀行だ。

 事務所帰り。完全にロンドンの交通は機能していない。ロンドン中心部で大々的なデモが行われていると予想された。皆、車もバスも大渋滞状態で、路上と地下鉄に人が溢れる。

 テレビを見る。27人死亡。日本にいるよりも、確実にテロが近づいている。この感覚が変にリアルだ。結果的にテロのあとに行われたデモパレード。ブッシュがロンドンを離れても、この勢いはきっと止まらないだろう。

 *ビデオアートの創始者、白南準(ナムジュン・ パイク)の美術館国際コンペにおいて、日本では

ナム・ジュン・パイク美術館コンペ1等は独のSchemel氏

 韓国のキョンギ文化財団は、メディアアーティストのナム・ジュン・パイク(白南準)氏のための美術館のための国際公開コンペの結果を発表した。1等は、ドイツのKirsten Schemel氏。日本人は、岡部憲明氏が3等に入賞、セミファイナルの審査までは、手塚由比氏も残っていた模様だ。

 1等になったKirsten Schemel氏には、賞金2万ドルが与えられ、ナム・ジュン・パイク氏とともに案を詰めた後、任意の韓国の建築家を指名して共同で実施設計に当たる。


 と、報道されているが、実は同じくセミファイナルまで残っている"tiar studio :: architecture + design"(Italia)(3人組?)には、こちらで活躍されている日本人建築家、タロウさんが含まれていた。この話、本日のパーティーにて噂を耳し、目が点に。。直後現れたタロウさんをとっつかまえて話し込む。3等の岡部さんと手塚さんの間にこの人がいたんだ。いやはや、快挙。というわけで、日本のメディアは誰も気づいていないので、ここに記しておきました。因みに審査委員長は磯崎新。

 *渡辺寛さん、マサカツさん、タクロウさん、タロウさん、マサキさん、チバさんetc...続々と皆さん集まる。

 *絶好の機会だったので、"美術家とは何ですか"という唐突な質問を渡辺さん&マサカツさん相手に、してしまう。それは、僕の心の中では、"美術家は何を拠り所に生きているのか?"という問いでもあった。

 マサカツさんがわかりやすい話をしてくれた。ムッチャ昔のある人間が、ある日、あるモノを作った。例えば、それは土の固まりだとしようか。それは、何の機能もなく、何のデザインも無い。だから、作った理由もない。じゃあ、作ったそいつには、何があったか。それはおそらく、ただ"作りたい"という創造に対する純粋なまでの想いだけであっただろう、と。きっとそれが美術家の根本にあるのだよ、と僕に伝えたかったのだろう。

 うなずきながらも以外とショックだった。"○○のために"とか"○○だから"という部分が完全に皆無。例えば、これを一つの社会性と呼ぶのであれば、こいつの有無は大きな境界となる。建築と美術。建築は、その社会性を根本に持っている。

 上の考え方で言うと、"社会性がない"ことは簡単に言うと"無意味"。意味が無い。しかし、その意味はないが、そいつと向き合うことで、自分自身に意味を見い出しているのが美術家か。いや。そうなんだろう。ずーっと、根幹の部分では、きっとそうなんだ。

 そう、納得した時に、バッと、顔を上げたら、周りは、皆、コチラで美術家として生きている猛者たちなんだ。何だか知らないけど、少し鳥肌が立つ。

 もちろん。じゃあ、実際の美術家というものが社会と何の関係性も持たずに存在しているのかというと、そうではない。創られたモノは展示され、鑑賞や体験、批評にさらされるわけだから、そこで繋がり(=社会性)が派生していくんだろうな。けど、もしかしたらその時生まれる社会性ってものは、すごく結果論的な部分が大きいのはないか。なんて直感で思ってみたりもする。

 つまりは、だ。今回、両氏にお話を聞いた限りでは、美術家というものは、(勿論そうでない人もいるだろうけど)基本的に上に書いたような未来に派生するであろう社会性とは程遠いところで、最初の例に出てきた"創りたい"という想いのみを根本に生きているということだ。

 だから、美術家が、今生きているという事実に感動した。だから、鳥肌立ったんだな。


 *しかし、ここで次なる疑問が巻き起こる。教育への疑問。美術はいかにして教育されるべきなのか。それを純粋に解きほぐそうとした取り組みが、美術家:中村政人さんの継続的なインタビューなんだろう。この試みは今もなお続いている。あと一つの疑問は、美術は如何に評価、批評されるものなのかと。

 *一方、話は建築の方にも降りかかってきて、とある心理学者の話から、最後は、ガウディの話まで。ガウディのあの圧倒的な存在感。やはり"建築"という枠では語りれない。

 今まで書いてきた、美術家たる要素は、きっと建築家にも必要な条件なのかもしれない(必要十分ではない)と確信にものを思ったところで、スペインへの憧れが強まるばかりの今日この頃。

 最近のロンドンは雨模様です。ちょっと梅雨を思い出します。
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