両国エリアに住み始めて4年。ついにこの土地にも21世紀の現代建築が舞い降りるべく、プロポーザルコンペが行われるという。しかも、プログラムは葛飾北斎の美術館。敷地は江戸東京博物館から錦糸町方面へとうら寂しく伸びる北斎道路沿い。これはもう、いてもたってもいられない。建築ファンとして、また一住民、一両国ファンとして、公開二次審査が行われる"すみだトリフォニーホール"へと向かったのでした。事前に一次審査通過者が全く公表されていなかったにもかかわらず、会場は立ち見が出るほどの客入り。しかも、そこに次々と現れる建築家たちはなんと!!
                    
<今回は公開二次審査の模様を前編、後編に分けてお届けいたします>
(※当日、会場に行かれた方など、御意見あればお気軽にコメント欄へ書き込みをどうぞ。また、当日は撮影不可で資料もまだウェブ上に公開されていませんので、現段階では画像は一切ございません。悪しからず。)
北斎館の公開審査を見てきました。
なんと当日まで発表されるのは、エントリーナンバーのみ。
会場では提出されたパネルを閲覧できるものの、プレゼンが始まるまでは
どの番号が誰なのかわからないので、プレゼンが始まるたびに
「次は誰が出てくるんだろう」とワクワクドキドキでありました。

そのドキドキまでお伝えできないのは残念ですが、結果から先に。
以下が一次審査を通過し、当日の公開審査に挑んだ10組の皆さんです。(*敬称略)

▼[発表順:氏名(出生年|所属|大学→大学院→勤務した設計事務所)]
1:石黒由紀(1968年生まれ|石黒由紀建築設計事務所|日本女子大→東京工業大学(研究生)→石田敏明建築設計事務所)
2:柳澤潤(1964年生まれ|コンテンポラリーズ|東京工業大学→東京工業大学大学院→伊東豊雄建築設計事務所)
3:北山恒(1950年生まれ|architecture WORKSHOP・横浜国立大学大学院Y-GSA教授|横浜国立大学)
4:北川原温(1951年生まれ|北川原温建築都市研究所・東京藝術大学教授|東京芸術大学→東京芸術大学大学院)
(休憩)
5:室伏次郎(1940年生まれ|スタジオアルテック・神奈川大学教授|早稲田大学→坂倉準三建築研究所)
6:新関謙一郎(1969年生まれ|NIZEKI STUDIO|明治大学→明治大学大学院)
7:澤岡清秀(1952年生まれ|澤岡建築都市研究所・工学院大学教授|東京大学→東京大学大学院→ ハーヴァード大学大学院→ケヴィン・ローチ=ディンケルー・アンド・アソシエイツ→リチャード・ロジャーズ・アンド・パートナーズ→槇総合計画事務所)
(休憩)
8:妹島和世(1956年生まれ|妹島和世建築設計事務所・慶應義塾大学理工学部客員教授|日本女子大学→日本女子大学大学院→伊東豊雄建築設計事務所)
9:小川晋一(1955年生まれ|小川晋一都市建築設計事務所・近畿大学教授|日本大学→ワシントン州立大学→ポール・ルドルフ事務所→アルキテクトニカ勤務)
10:奥野公章(1973年生まれ|奥野公章建築設計室|東洋大学→東洋大学大学院→スタジオ建築計画)

パネルを見ただけで「ハハーン、これは○○さんの案だな!」などと
判断できるほど目利きではないので、ほんと発表までわかんなかった。
大手ゼネコンが1、2社入選してるように見えたんだけど、蓋を開けると
若手〜ベテランまで、アトリエ事務所だらけの公開審査だったわけです。

「資料に優しい」「ひとに優しい」などなど、気持ち悪いほど
どの案もやさしさ連発だったんだけど、これはこのプロポーザルでの
与件だったわけですね。その他に求められたものは、ギャラリーとしての
基本的な機能性に加え、

・敷地の目の前にある、既存の公園とどう関係するか
・目の前を通るJR総武線からの眺めはどうか
・ギャラリーとしてだけでなく、何らか地域のために機能するか
・世界的な観光ポイントとなり得るか

というあたりだったかなと思います。
応募要項見てないんで、あくまで審査内容から推測しただけですが。

で、以下が審査委員の方々
▼審査員
飯田善彦(横浜国立大学大学院教授)
工藤和美(東洋大学教授)
倉田直道(工学院大学教授)
永田生慈(墨田区北斎館施設整備推進監)
渡会順久(墨田区都市計画部長)

さて、それでは以下に6時間に渡って行われた
それぞれの内容について私感をまとめます。


■1:石黒由紀|石黒由紀建築設計事務所
石黒さんの案は「三つの宝箱と回遊するボイド」というタイトル。
構造には佐藤淳さんが参加。
大きな直方体の中に、小さな直方体の箱が入っていて、建物の前には
長方形の池があり、橋をつたってアプローチという。
谷口さんの法隆寺とか(池の感じが)、
SANAAのニューミュージアムとか(箱の感じが)、
過去の他の作品を彷彿とさせる、悪く言えば既視感のある案だった。


■2:柳澤潤|コンテンポラリーズ
柳澤潤さんは、平均40平米の小さな箱をポコポコ立体的に
積層させたものに、開口をたくさんあけた外壁をガバっと
かぶせたような案。

柳澤さんのプレゼン、ハンパなくうまいです。外人さんでも
ホホーッと思わずひれ伏してしまいそうな勢いです。
リーダーシップとアイディアに溢れた利発な方だということが
プレゼンだけでもビッシビシ伝わってきます。

プレゼンだけでなく、案もかなりいい。
外壁の素材、小さな箱で構成することなどなど、ひとつひとつに
ちゃんと理由があり、しかも見た目にも色気があります。
北斎のことも、ちゃんと勉強された感じで、ハードにもソフトにも
うまく絡めています。しかも敷地外の空き倉庫なども利用した、
地域をひっくるめたプログラムまで提案しています。
箱の内部は「インナーミュージアム」それ以外の部分を
「アウターミュージアム」、また館内の解説ボタンティアの人々を
「北斎リーダー」と称するなど、キャッチーなネーミングもうまい。

難癖をつけるとしたら、柳澤さん並みのポテンシャルを持った人が
相当引っ張って行かないと、敷地外の空き倉庫なども利用する
包括的な運営は難しいかも。
個人的には錆びた鉄板の外壁、小さく分節された展示空間いずれも
好きですが、こういうのって嫌がる人も多そうですよね。
小さな展示空間は管理(監視)も大変そうだし、かといってこれらを
より現実味が出るように変更してしまっては、この案の良さがなくなります。
柳澤さんが墨田区にしばし(10年くらい?)居続けてくれて、地域の皆さんと共に
このギャラリーの運営につきっきりで関わり続けてくれるのならば・・・
そんな素敵な条件込みなら、十二分にアリだと思います。むしろ望ましいです。


■3:北山恒|architecture WORKSHOP
YGSA席は、山本さんか西沢さんか…と思っていたら、北山さんでした。
いや、そういう穿った見方をしちゃいけないですね。実際北山案は
そんなしがらみと切り離しても至極真っ当、なかなか結構、悪くなかったと思います。

北斎を「江戸時代のウォーホール」=江戸のポップアートと捉え、現代の
複製技術を用いて、大胆な展示をしていこうという内容。
こちらは大きな箱を互い違いに重ね、木のルーバーで覆った感じ。
北山さん曰く「校倉造りのような」外観です。
箱の外側は常設展で、経路状の動線そのものが展示空間となる。
外の光も入るし、レプリカを床や天井も使って大胆に展示する。
一方、箱の内側は企画展とし、貴重なものも展示できるよう遮光する。

JR側は大きく開き北斎のでっかいプリントが見えるようにしてあります。
北山さんらしい都会的な佇まいと、外観でのPR度どちらもクリアしていて、
器用な案だなあと思います。
でも、なんかちょっと新鮮味に欠けるのが難点。
ルーバーってこうして改めて見ると、手あかがついてしまったような感が。
一時期大量に使われ過ぎたのかしら。

とはいえ現実味があり、かといってダサくもない。
程よく洒落ていて、要はソツなくまとめられている北山案は、
保守的な役人オジサン層からの支持も期待できそうです。
あと北山さんも、かなりプレゼンがしっかりしていました。さすがです。


■4:北川原温|北川原温建築都市研究所
北川原案は、ベルリアンブルー色のドームが公園に浮いているよう。
エヴァに出てくる使徒みたいな感じ。
地上2階までは透明で、外部に開かれている。その上がドームで展示空間に
なっているんだけど、下階とドームとのつながりは全然なくて、北川原さんも
むしろ切り離した方がいいとハッキリ答えていた。

多機能的で万人に開かれた、あるいは「あいまい」「負ける」「弱い」
といった受け身なストーリーが流行っているイマドキの現代建築の世界で、
「非日常の展示空間と、日常的に地域に開かれた部分とを切り離す」、
街に対しても、馴染む、とけこむ、ではなく
「地域を牽引するシンボルとして確固たる存在とさせる」といった
シンボリック建築を堂々プレゼンする北川原さんの巨匠イズムに、
モダニズム全盛期を知らない私はおおいにシビれまくったわけです。
ちなみに北川原さん、プレゼン中にベルリアンブルーって10回以上
言っていたと思います。誰が何といおうと、この色限定だかんね!

いやあ、思えば芸能界も、昔は天空の美少女しかいなかったはずなのに、
今やそこいらの姉ちゃんがアイドルだタレントだって出てきてんだもんなあ。
「庶民の目線の高さ」に合わせ過ぎた結果、存在価値や夢みたいなものが
消えてしまったものって、たくさんあるよなあ・・・

多様性と庶民性でもって、様々な価値の起伏が平坦になってしまった昨今、
強い!馴染まない!目立ってる!そんな建築!!
なんかもう、サイコーじゃないですか。いや、ほんとそう思いましたよ。
ていうか、北川原さんの上品で人の良さそうなキャラクターにほだされました。
個人的にはこの案、というか北川原さんを応援したいところですが…
墨田区に、シンボリック建築で冒険するほどいろんな意味で余裕が
ないってことくらい、わかっているつもりです。
ああ、江戸博という黒歴史さえなければ!(菊竹建築は好きなんだけども)


■5:室伏次郎|スタジオアルテック
室伏案は、江戸切り子のレリーフで囲われた四角い建築。
立案コンセプトは、北斎からインスピレーションされた
「理知」「軽み」「謎」という3つのキーワードから構成されている。

構造やエネルギーに対する提案については面白いと感じたのだけれど、
いかんせんデザイン的な色気がない。それゆえプレゼンシートでの第一印象も
あまり良くなかった案だけに、発表では喋りで思いっきり挽回して
「さすが室伏さんですな、ワタクシわかっちゃおりませんでした」と
完全降伏させて欲しかったんだけど・・・

ただし、今回の10選の中で最低ではなかったと思います。
ややもすれば、ややもするかも知れませんが、ややもしたとき限定です。


■6:新関謙一郎|NIZEKI STUDIO
住宅での秀作が光る(←大西の解説による)新関謙一郎さん。
プレゼンシートの印象では、ワタクシこの新関案に「本命感」を
感じていただけに、この案が新関さんのものと知った瞬間からドッキドキです。
若手建築家がババーンと問題作を提示する。そんな瞬間についに立ち会って
しまうのかと思うと、もうね。事件クルーー!みたいな。

しかし蓋を開けてみると、ざっくりとした外観と、内部のゾーニング程度しか
設計されていなかった!えーーーー!!!
案としては、白い紙をクルンとゆるく巻き込んだような4つのボリュームがある
ように見えるんだけど、実は全部つながっている。
4つに分かれているのも、いろんな角度から違った表情に見えるというだけで、
他の意味はなさそう。それがほんとに残念です。
しかも質疑応答では、どの質問に対しても「まだまだいろいろ検討できる」と
可能性を広げ過ぎて、この案のどのへんが確固としたものなのか、まるで
わからなくなってしまった。

強い印象を与える建築でありたい、ということだけは強く伝わってきたのだけれど、
造形美勝負に出た3の北川原さんでさえ、プランでもってカタチの裏付けを
それなりに示してくれたわけです。後付けでも無理にでもいいんで、何かひとつ
「ああ、だからこういうカタチなのね」的な説得力が欲しかった。
ごめんなさいね、第一印象ではゾッコンだったので辛口過ぎかも知れないです。
顔で好きになった男の子に「え、こんな顔してほんとは何も考えてないのこのコ」と、
ガッカリすると同時に、無意味に腹立たしさを覚える感覚に近いですねコレ。


■7:澤岡清秀|澤岡建築都市研究所
澤岡案は、敷地も内部も、表層に至るまですべて、黄金比を採用したもの。
タイトルは「黄金比と江戸小紋の玉手箱」。
なぜ黄金比かというと、敷地を上空から見た時の縦横比が黄金比に近かったこと、
北斎が幾何学的に作図していたことから、このふたつの要素を組み合わせることで
設計指針がそのまま、北斎へのオマージュともなるというストーリーです。

敷地の上空写真はgoogle mapのもの。
「これからの時代、世界的観光地は世界中の人がgoogle mapで検索をかけて
真上からの写真を見るはず。北斎館も完成後、世界中の人が検索で見つけるものと
なるのです」こういう現代的なツールや現象を意識した提案は、澤岡案だけ。
この点にはすごく萌えました。

建築そのものは、黄金比率で設計された長方形の建物で、表層には
江戸小紋模様のPCパネルが貼られている。
表層にいろいろ仕込んである建物って個人的には嫌いじゃないんですが、
カッコイイとかカワイイとかスマートだとか、造形的に魅了される画では
なかったのが非常に残念で…。表層いじりってホント諸刃の剣なんですね。

理詰めで明解な案だなあと思ったけれど、あとちょっと、ちょっとでいいから、
色気が欲しかった。せっかく絵空事を描けるプレゼンの段階なのに、
描かれているものがあまりにも現実的で、マンションのCGみたいな印象を受けました。
黄金比が目的のための一手段であればともかく、目的そのものになってしまうと
「なんで黄金比=絶対善ていう前提なの?」と素朴な疑問が沸いてしまったわけです。
大西曰く「発表の終了寸前に、実はこれ全部黄金比なんです、って種明かしした方が
驚きがあってよかったのに」とのこと。全く同感です。策士ぶり炸裂の指摘乙。

>>>

というわけで、ここで二回目の休憩に入ります。
それぞれの案の優劣が徐々に相対化されて見えてきます。
ロビーではオーディエンスが休憩しながらあーだこーだ話しています。
その間にちらほら帰る人の姿も、、、、しかし、この休憩の直後に登場する
建築家は、、そう、世界的に活躍する、あの方だったのであります。
この方の登場で、形勢がまた大きく動くこととなります。

続きは後半で!



*左は建築家によるコンペの勝ち方、経験にもとづいた方法論を語ったもの。中央は戦後、行われてきた建築コンペの中でも最もエポックとも言える都庁をめぐるコンペを磯崎新を中心としたドキュメンタリーでまとめられたもの。右はとあるアイデアコンペをまとめたもの。アイデアコンペと今回の実施コンペでは、やはり戦い方には大分差があるようだ。
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From: hana Date: 2009/04/06 8:43 AM
アハ!ここ、突っ込んで頂けてとっても嬉しいですw

墨田の皆さんは、そんな過去にもめげず
今回よくぞ妹島さんを選んでくれたなと思います。
選ばれし孫弟子は黒歴史を清算するか上塗りするか、ここからが見モノです!
From: 田中 Date: 2009/04/01 10:08 AM
ああ、江戸博という黒歴史さえなければ!

これは言っちゃ駄目ぇ〜(笑
非常〜に受けました。
From: hana Date: 2009/03/23 3:27 PM
Dragonさん:
ありがとー!引き続きどうぞご贔屓に♪
From: Dragon Date: 2009/03/21 9:40 PM
むむ!面白い評論です!後半が楽しみです!
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